今日8月15日は終戦記念日。
甲子園でも12時に黙とうが行われます。
私も2008年夏~2015年夏まで毎夏、甲子園で撮影していました。
当時、師匠・ベテランカメラマンさん・私という3人態勢で甲子園撮影をしていて、だいたい師匠はディレクション(ホテルで試合を見ながら撮影ポジションなどの指示出し)、ベテランカメラマンさんと私で球場にいました。
15日は毎年この黙とうを写真におさめるのですが、雑誌にはせいぜい使って1枚。
なので1枚で終戦記念日の、甲子園球場での黙とうということが伝わるような写真が必要です。
私は主にスタンドに設けられているカメラマン席で撮影していたので、黙とうが近くなると撮影場所を移動していました。
お客さまも立ち上がって黙とうされるので、選手と球場の雰囲気をお客様と全てが交わるような場所を探して。
その際、師匠から言われたことで今でも印象に残っている言葉があります。
「お客さんは年配の方が多いところ探せ」
ああ、なるほど。
ただ撮ればいいってもんじゃないんだ。
おそらくみなさんもこれがどういうことが私から説明しなくても理解してくださるかと思います。
演出です。
ネット裏~三本間の少し高い位置あたりからよく狙っていましたが、周辺のお客様にも目を配ります。
お客様は背中からになるので白髪の方などいるとわかりやすいです。
そのお客様が直接関係していなくても、1枚の写真の中に写りこんでいるのが年配のお客様の方が「終戦記念日の黙とう」がよりリアルに感じられるはず。
撮り手が想像を働かせること。
1枚で、何をどう表現したいのか現場で可能な限り突き詰める。
私の師匠はひとつひとつの指示が本当に細かかった。
師匠の頭の中にもうイメージが完成しているので(これまでの経験で)それを忠実に再現することが求められていたような気がします。
試合中、お構いなしに電話はかかってくるし、他社のカメラマンさんからも「大変だね~」って笑われました。
いま思えば師匠からの要望には自分では気が付けなかったことばかり。知れたことがたくさんあるし、引き出しが増えたことは間違いない。当時は本当に大変でしたけど、いい思い出ですし、感謝しています。
話が逸れました。
さきほどテレビで甲子園の黙とうを見ました。
1枚に全てを込める。
どんなにカメラの性能が良くなっても、撮り手の意思でしか表現できない1枚はあります。
1枚でしか表現できないとき、どう心を決めてシャッターを切りますか?
8月15日の甲子園が、大切なことを思い出させてくれました。